大腿骨頸部骨折のリハビリ記録③
大腿骨頸部骨折すると…
こんな感じになります。
立派なチタンのボルトが埋め込まれています。
また走れるようになる事を目標に頑張ったリハビリの記録です。kanayoga.hatenadiary.com
術後50日
PTさんには歩きも制限なくOKと言われたのでこれまでより積極的に歩くようにした。
胡座は70%くらい。
この頃はゆっくり歩くよりある程度速く歩く方が違和感なく歩け、トレミ6km/h、傾斜3%で40分くらい。
ゆっくり歩くと普通の歩き方が分からなくなってロボットみたいな歩きになったりしてた。
階段の上り、深くしゃがむ動きで痛む時あり。
術後60日
胡座はほぼ元通り、股関節の可動域は80%くらい。日常生活で痛む動きも少なくなってきた。
リハビリに通うことを卒業し、後は自力でリハビリを頑張ることにした。
PTさんには本当にお世話になり、心の支えにもなっていただき感謝。しっかりお礼を伝えた。
島渕さんの回復力に驚き、積極的にリハビリに取り組む姿勢か素晴らしかった。マラソン復帰必ず出来ますよ!と言ってもらえた。
週6で泳ぎも頑張ってたら、クロールの息継ぎが出来るようになった。プールのお友達も出来て泳ぎを褒められると嬉しくてやる気もでた。
猛烈な暑さの中120分ウォーキング。
日傘をさしてガシガシ歩いた。歩き方はまだ違和感あるけど、リハビリ中の痛みはない。早歩きから駆け足くらいはできる。
横浜国際プールは水が冷たくて気持ちがいいのでジムがお休みの日は通った。
この頃、まだ不意な動きで痛みがあり、その度にどんよりした気持ちになった。
リハビリは順調なのに後遺症の事だけが不安。早くMRIを撮って安心したい。
術後75日
山に行きたくてたまらない私。トレミ傾斜10%で歩く練習を頑張った。
そんな私を知って、まっさんがリハビリにもなるから…と、北八ヶ岳に連れて行ってくれた。
怪我してても山を楽しむ事はできるぞ!と教えてくれた。
ケーブルカーで数分。一気に2000m超え!
標高はお金で買えるのです!!w
めちゃくちゃ涼しくて景色も最高!!
木道や歩きやすい所を選んでもらってリハビリしながら山を存分に楽しんだ。
まだ段差が大きい所を上る動き、不意な動きで鼠蹊部に痛みはあるもののしっかり歩けた。次は自分の足で登ってくるぞ!と目標もできた。
術後90日
この頃のリハビリは、外で早歩き、駆け足、トレミで8km/h傾斜2%40分。歩き方もほぼ戻る。

週6スイムも続けてたら身体もいい感じになってきた。お友達に誘われてフィンスイムに挑戦!体幹を使うのでランにも役立ちそう。おまけにコーチもランナーさんだった。

術後116日
やっと…MRIの予約日。
正直この日が来るまで後遺症の事がずっと頭の中にあった。リハビリで身体は回復していくけど、骨の中までは見えないので心配性の私は不安だった。
受付を済まし人生初のMRIへ。
4枚撮るので20分くらい動かないでと言われた。想像してた以上に機械の大きな音がした。
その後いつものレントゲン。そして診察。
名前が呼ばれてドキドキしながら中に入る。
執刀医の先生と久しぶりお会いした。
MRIの画像を見ながら…
「問題ないですね!もう元の運動レベルに戻しても大丈夫ですよ。」
「本当ですか?!骨頭壊死も大丈夫ですか?それがずっと心配で…。思いっきり走ってもいいんですか?」
「ココが骨頭で今のところ兆候ないです。定期的に経過観察はしますが、走っても大丈夫です。」
嬉しくて、安心して、泣きそうになりました。
3ヶ月後の予約を取り診察室を出た。
嬉しくてたまらん。姉にレントゲン画像と一緒に完全復活の報告した^ ^
あの日、自転車で転けてから116日目…長かったようで短かったリハビリ生活が終了した。
大腿骨頸部骨折をして、私はたくさんの経験をしました。
術後は色々な事が出来なくなる恐怖や、見えない今後の不安で、辛くてたまらなかったけど…
ギリギリで心折れずリハビリを頑張ることで気持ちを保てました。
骨折しなかったら、きっと泳げないままの人生だったし、頭打ちになったマラソン練習だけ頑張って過ごす日々だったかもしれません。
ジムのお友達も沢山できて、皆んな前向きな言葉で励ましてくれました。
まっさんには山の楽しみ方も教えてもらいもっと山が大好きになりました。
SNSでも励ましの言葉を沢山いただきリハビリを頑張る力になりました。ありがとうございました。
健康な身体に毎日感謝して、しっかり食べて、寝て、元気に笑って過ごす!
そしてこれからも、色々なことに挑戦し続ける自分でいたいな…と強く思ってます。
またサブ4ランナーからスタートです^ ^
引き続きよろしくお願いします。
おしまい。。
大腿骨頸部骨折のリハビリ記録②
術後18日目
術創部のホッチキスが外れ傷口の痛みは良くなった。傷口を下にして寝ると違和感あり。
階段の上りの踏み込み、靴下やパンツを履く時の足を持ち上げる動作、車の乗り降りで足を持ち上げる動作、などで鼠蹊部の痛みあり。
この時の痛みはズキっ‼️と鼠蹊部に電気が走る痛みでしばらくジーンと残る感じ。この痛みが怖くて動く時は慎重に。
プールでウォーキングをはじめる。
PTさんには水中ウォークなら好きなだけやってもいいですよ!笑と、言われてたので60〜90分くらい歩いた。
身体は軽くて自由に動けるけど、水圧もあるので普通に歩くよりかなり疲れるし、お腹が空く。
術後25日目
レッスン復帰をした。デモは見せれないが、声でキューイング。
リハビリ以外はずっと家に引きこもってたので、レッスン復帰をすることで、生徒さんとお喋りしたり、お友達とご飯へ行ったり、ジム友とお喋りしたり、笑う事も増え食欲と顔が戻ってきた。

怪我のせいか⁈回復にカロリー使うのか⁈食べても食べても体重は増えなかった。
怪我を知ったまっさんから肉を食いに行くぞ‼️とお誘い。こんな姿だし、行くの迷ったけど、、
私の姿を見て一言目が「自転車でコケたとか…ダサっwww」と、笑いながら言われた。
誰よりも私の骨折がヤバいことを知ってる救命士のまっさんなので、かなり心配してくれてたと思うけど、きっと長い付き合いのまっさんなりの優しさなのかなって思った。
肉をたくさん注文し、ほぼまっさんが食べてた。笑
私の足が細くなってしまったのか⁈まっさんの腕が太くなってしまったのか⁈笑
手術前に説明された後遺症のことがずっと頭にあって、ググったりすると怖いことしか書いてない。
股関節の痛み、関節の動きが制限される機能障害(可動域制限)、長期的な歩行能力の低下。骨がうまくつかない偽関節や骨への血流が途絶えることで骨が壊死する骨頭壊死。

PTさんにこの不安を話すと、骨壊死に関しては可能性はもちろんあるけど骨のズレの程度を考えるとそこまで心配しなくて大丈夫と言ってくれた。
可動域制限も早期リハビリ、私のやる気w、今の状態を見てる限り元の生活レベル目指せると思うと。。
まだこの時は良くない事を1人で考えてしまったりしていたので、リハビリに行く度こんな話をしていた。
術後35日目
まっさんが山に行くぞ!!と誘ってくれた。
ストックでゆっくり歩ける、痛む動きはまだあるけど、1ヶ月経ったし…山に行きたかったので連れて行ってもらった⛰️
こんな足でもゴンドラに乗ればこんな素敵な場所に行ける。ずっと家とスタジオとリハビリの毎日だったので外で太陽に当たり心がスッキリした。

リハビリはウォーキング60分、可動域は60%くらいまで動かせる。
スイムはウォーキングからプルブイを使いクロールの練習をはじめる。泳ぎが下手くそ過ぎてYouTubeでお勉強しまくる。
術後42日目
外来診察。レントゲン。
この日執刀医の先生がお休みになって、他の先生が診てくださった。
レントゲンも問題ないです!
話しやすい先生だったので後遺症の不安を全部伝えてみた。
「島渕さん、後遺症の骨壊死は骨折した時の血管損傷の程度で決まってることだから、今心配しても、安静にしても正直変わらないですよ。今のところレントゲンでは問題もないし、もしも今後経過観察でそうなったら、その時また考えれば大丈夫だから、それなら今は元気に過ごしてた方が良いですよ!痛くない動きなら何やっていいですよ!」
と笑顔で答えてくれた。
もう泣きそうなくらい嬉しくて。。
「先生!ありがとうございます。ずーっと心配でググったりしては落ち込んでました。」
先生からググったりするのやめな!って笑って言われた。
10月のMRIの予約をとって診察室を笑顔で出た。
病院に行く事だけでも気持ち上がらないし、なんならこんな大怪我の診察で、ドキドキしながら待合室に1人いたので、不安な事を全部話せて私は救われた。
つづく。。
大腿骨頸部骨折のリハビリ記録①
人生初骨折がなかなかの大怪我だったので。。kanayoga.hatenadiary.com
入院中はメンタルがやられ、ネガティブな事ばかり考え、落ち込んだ時間もたくさんありました。
後遺症のことも説明されてたので、その心配もずっとあり、気持ちの浮き沈みが酷く自分で自分が嫌になったりもしました。
手術前は、またマラソン復帰できるか?そんな心配をしてました。
手術後はあまりの痛さに、私はまた普通に歩けるのか?ヨガ出来るのか?の心配に変わりました。
私の場合、リハビリを頑張ることで少しずつ希望がみえてきたのでその記録を残しておきます。
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手術翌日からリハビリ開始。
先生には痛くても動かして大丈夫と言われてたので術創部の痛みはあるが我慢できたので動いた。
片手松葉杖である程度動けた。
術後3日目から自宅でリハビリ
色々あって2日で退院。
片手松葉杖で家の中で散歩。
ゆっくり歩いたり、松葉杖なしで足踏みしたり。
左足はリハビリ中以外はなるべく動かさないで左足以外の元気ところの筋力落とさないよう寝て出来る筋トレをした。
バーベル、ダンベルが家にあったのでジムのクラスで習った動きを家でやった。
術後10日目近所のリハビリへ通う
外来診察でリハビリは近所で通えるよう紹介状を書いてもらった。
その足で、骨折の診断をしてくれた、かかりつけの整形外科にあるリハビリへ。
先ずは診察。
先生にはもう戻ってきたの?!と驚かれた。
これから長く使う骨だからね大切にしてね!と言われ、このタイミングで骨密度の検査をはじめてした。今のところ骨密度は問題なし!を確認した。
担当のPTさんとはじめましてのご挨拶。
メガネをかけた男性の方。
大腿骨頸部骨折後10日のリハビリのスタートで歩いて来た人を担当するのが初めてです。笑
と言われた。
今の不安、これからの回復具合、聞きたいことを聞きまくった。
とっても丁寧にわかりやすく答えてくれた。
これから週1で通うことになった。
私はヨガの先生なので先ずは胡座をかけるようになる!そしてランナーに戻りたいので走れるようになる!をゴールに決めた。
その為に…今やっていいこと、それをどれくらいやっていいか、をしっかり確認した。
歩きはストックで30分くらい、可動域を確認しながらゆっくり膝を曲げて外へ開く動き。
まだ股関節に強く荷重がかかること、足の内旋を避けること。スイミングは股関節にも優しいしリハビリに良いのでおすすめと言われ、水着を速攻でポチる。
久しぶり外をゆっくり歩いてみた。
太陽が眩しかったけど嬉しかった。
つづく。。
左大腿骨頸部骨折した私の話…④
病室に戻り、片手松葉杖でトイレに行ったり、暇なので廊下を少し歩いた。
同じように歩いてリハビリしてた方に声をかけられた。
「あなたと同じ部屋よ。昨日入ってきて、もう歩いてるの?凄いわねー。」
その方は足首の骨折で2週間近く入院してるとのこと。1人暮らしだから不安なくなるまで入院していたいと言っていた。
私は早く帰りたい。。
部屋に戻り、姉のIBUKIのチェックもして、昼寝しようとするもやっぱり寝れなかった。
病院の空気、音、ベッドに慣れない。慣れたくもない。
ベッドでじっとしてると、あの時、どうして自転車に乗ったんだ、どうして歩道に入ったんだ、どうしてコケてしまったんだ、どうして、どうして、後悔ばかり。
全部夢だったらいいのに…。また気持ちが下がる。
17:00…リハビリの結果を見た先生から
「家で安静できるなら退院許可しますがどうしますか?」と言われた。
「もちろん安静できますし、退院します!」
と即答した。
術創部の感染に気をつけること、濡らさないこと、水曜日に外来受診することを言われ、明日の退院が決まった!
1日でも早くって思ってたけどまさか明日帰れるなんて。。
もしかしたら、看護師さんからの報告で、こいつは病院に閉じ込めてたら骨折より頭がおかしくなるかもしれない⁈と思われたのかもしれないw
直ぐ旦那に明日午前中お迎えを頼んだ。
今日一日我慢すれば明日家に帰れるんだ…
やっと家で寝れるーー。嬉しかった。
18:00…夕飯
怪我を早く治すには栄養と睡眠。退院が決まり気持ちも落ち着いたのか、出されたご飯は全て食べれた。足りないのは睡眠だけ。
術後2日目…6月8日
朝になった。。
昨夜もほとんど寝れなかったけど、明日は家で寝れると思えば耐えられた。
日曜日なのでお会計は後日。
術創部の注意事項をもう一度聞いて、色々な書類を受け取り、痛み止めの飲み薬をもらった。
看護師さんには「大腿骨頸部骨折で2日目に歩いて退院する人はじめてよー。最速だと思うよ〜。家でしばらくは安静にしてたくさん寝てね。」と言われた。
「本当に寝れなくて…泣。ちゃんと家で安静にして栄養と睡眠とります。お世話になりました。」
とご挨拶した。
旦那のお迎えを待ちつつ、帰る支度をした。
10:00…家に帰ると息子がいた。
安静にしないといけないので、お小遣いあげるから、しばらく私の足になってと頼んだ。
洗面台で髪を洗うのを手伝ってもらった。
旦那にはしばらく買い物にもいけないのでまとめ買いを頼んだ。
足が腫れて熱をもって突っ張り感ありなので氷嚢でアイシングした。
12:00…ご飯を食べた。
骨に良さそうな食材を色々買ってきてもらった。
あまり動いてないからお腹はすかないけど食べないと治らないのでちゃんと作って食べた。

痛み止めの薬を飲み家でゆっくりした。
眠くなったらお昼寝しようと思ったけど眠くならないので…
左足を使わない筋トレしたり本を読んだり、IBUKIのチェックした。
姉のTAMBA100のゴールが迫る!!
ゴールを見届けた。

怪我をしてからずっと辛くて…
そんな時、姉の優勝は本当に嬉しかった。
54時間以上寝ないで山にいた姉。
54時間以上寝ないで病院にいた妹。
どっちもヤバい。。
術創部の内出血がだんだん見えてきた。熱を持って腫れてる。

熱を測ると37.4℃の微熱もあるがお勉強済み。↓↓
術後3日目…めちゃくちゃ寝れた。平熱になった。
左足にラップ巻いたり濡れないようにして朝からシャワーを浴びた。最高にスッキリした。
息子が買い物に行ってくれた。骨に良さそうだからっておやつを買ってきてくれた。
優しくて、嬉しくて、お小遣い渡した。
術後5日目…外来診察。
レントゲン、術創部のチェック。問題なし。
見た目の内出血は酷いが腫れが少し落ち着いてきた。突っ張り感はある。
自分のストックで歩けたので松葉杖は返却した。
術後8日目…内出血のピークが過ぎた感じ。筋肉の突っ張り感も落ち着く。
痛み止めも飲むのをやめた。家の中でストックなしでゆっくり歩いたりできる。

術後12日目
外来診察。
レントゲン、術創部のホッチキスを外してもらった。シャワーはオッケー。湯船は数日待ってと言われた。傷口を綺麗に治すテープをもらい貼った。
深く曲げたり、内側に捻ったりする動きはダメだけど、レッスン復帰しても大丈夫といわれた。
美容院へ行った。
美容師さんに「痩せた?」と言われた。
鏡にうつる自分の顔が小さく見えた。
骨折してから全然笑ってないし、顔の筋肉が強張って不健康な顔。
これはヤバいと思った。
人間家に閉じこもって誰とも話さず笑いもしなかったら人相かわるんだ。
レッスン復帰しお友達と会ったりするようになって戻った。
このブログで何が言いたかったかというと…
人間いつ何が起こるかわからない、当たり前の毎日が当たり前じゃなくなる日が突然きたりする。
元気なうちに出たいレースには出て、会いたい人には会いに行き、美味しいモノをたくさん食べて毎日後悔しないように生きよう!!
そして…自転車にはマジ気をつけて!!
という事です。笑
またリハビリの事は別でブログにまとめてみようと思います。
おしまい。。
左大腿骨頸部骨折した私の話…③
17:30…執刀医の男性の先生が病室に来てくださった。
「しっかり固定して骨も大丈夫だったので、明日からのリハビリでの荷重制限はないです。食事は明日から。」
「痛くても動かせるなら動かしてもいいんですか?何日くらい入院になるんですか?」
「動かしても大丈夫ですよ。退院は明日からのリハビリ次第で、家に帰っても動けないと困るでしょ。島渕さんのした骨折は高齢者の方なら10人に1人は亡くなるくらいの骨折なんですよ。」
確かに…大腿骨頸部骨折を調べると、高齢者の転倒で骨粗鬆症の方に多い骨折と書いてる。骨折後は杖や車椅子、寝たきりになったりすることもある、元の生活レベルになるのにはかなりの時間がかかると書いてた。
ちなみに私のした骨接合術はこんな感じでした。↑↑
骨折を受け入れるのに時間がかかり自分のレントゲン写真を写メさせてもらう余裕もなかったので…次回の診察で撮らせていただこうかな…
撮らせてもらいました。
先生に私の年齢で大腿骨頸部骨折は珍しいと言われた。念のため後日、骨密度の検査をはじめてした。
思ってた通り丈夫な骨だった。
ってことは…相当な衝撃で折れたってことなので、もしも頭とか打ってたらこんな怪我じゃ済まなかったのかもしれない、生きてて良かった!と、この時思った。
18:00…息子が荷物を届けにきた。
頼んだものをちゃんとジップロックに小分けしてくれてた。私のおパンツも綺麗にたたんで入れて持ってきてくれた。
頼んでない、アルフォート、グミ、チップスターまで甘い辛いバランスよく選んで買ってきてくれた。
看護師さんに見つかり食べ物の差し入れは禁止らしく、持って帰ってね!って言われた。
息子も高2の夏骨折し手術してるので私の痛みが少しは分かるようで、優しい。kanayoga.hatenadiary.com
何日入院するか分からないので、とりあえずご飯代を渡して、家のことを頼んだ。
自転車で来てた息子に帰り際、自転車だけは絶対に気をつけて!!としつこく言ったらウザがられた。
ちなみにこの時、娘にも手術して入院した事を伝えたが、その時お付き合いしてた彼氏くんとごたごたしてたらしく、23歳女子は母より彼氏、反応が薄くそれどころではなかったようだ。
19:00…看護師さんが様子を見にきた。
痛みが我慢できない時はもう一つ強い痛み止めがあるらしいが、我慢出来たのでとりあえずこのまま様子見。
今日はベッドの上で過ごさないといけない。トイレ行きたいならオムツかカテーテル。水分もとってないし我慢できそう。
明日からは動いても大丈夫だけどトイレに行く時は1人で行かないでナースコール。
血圧、熱を計って、左肘の擦り傷の手当てをしていただいた。
21:00…食べれない、動けない、やる事がないから寝ようとしてみたけど、寝れない。
痛みと空腹と機械の音と誰かのイビキで全く寝れない。
寝たいのに寝れない、考えることはこれからの不安。長い夜だった。
ティッシュを耳に入れたりしてみたがダメだった。
23:00…寝れないストレスと不安でまた泣けてきた。たまらずナースコールを押す。
昨日もあまり寝てない、このままだと寝れそうにないので寝たいと伝えた。術後の興奮⁈麻酔のせい⁈なのか。
眠剤をもらって目を瞑ってみた。
術後1日目…6月7日
1:00…ダメだ。全く寝れない。
機械の音、誰かのイビキがどうしても気になり寝れない。
家に帰りたい。何でこんな所に私はいるんだろ。
何でコケてしまったんだろ。あと何日こんな夜を過ごすんだろ。
頭がおかしくなりそうだった。
5:00…5時を待って手術後はじめてトイレへ行くためナースコール。
痛くて動けなければカテーテル入れるよ、と言われたけど、それは嫌だったので看護師さんに見守られながら1人で車椅子に移動した。
高齢者の方は術後しばらくはベッドから起き上がることも出来ないらしが…
私は高齢者じゃない!!左足以外は元気だ!!
昨日先生にも骨はボルトでしっかり固定してるし、傷口も普通に動く程度じゃ開くことはないと言われたので、痛みは我慢してトイレに行った。
動きはゆっくりだけどトイレは問題なし!!手で傷口を軽く抑えて動くと少し楽かも⁈と発見した。
7:30…久しぶりの食事
パンとスープと卵の何かと牛乳。
12:00…お昼ご飯
ご飯より早くリハビリをしたい。家に帰りたい。
また突然泣けてきた。気持ちがコントロールできない。食器を回収しに来た方が気づき「大丈夫ですか?」と声をかけられた。
直ぐ看護師さんがきた。
昨夜の出来事を話し今夜は早めに眠剤を飲むことにした。
睡眠不足で頭がボーッとする。
こうなったら1日ても早く退院するしかない!!頑張るしかない!!気持ちを切り替えた。
ベッドの上で腹筋したり左足を使わないで出来ることをやりながらリハビリを待った。
13:30…リハビリ担当の理学療法士さんがきた。ご挨拶をしリハビリの前に家の構造をきかれた。
玄関の段差有、階段有、手すり有、など…
退院するにはリハビリの点数?!が高くないとダメらしい。家に帰って動けるレベルにないと退院許可はでないとのこと。
昨日までの痛みが今日はマシになってる、トイレにも行けた事を話しながら、リハビリのお部屋までは車椅子で移動した。
いよいよリハビリ開始!!集中!!
先ずは両手松葉杖で左足を浮かせて歩いた。術創部は痛むけど我慢できる。ランで鍛えた右足と体幹、筋トレ効果もあり問題なく出来た。階段の上り下りも出来る。
上手いと褒められる。
実は息子が骨折した時に遊びで松葉杖借りて試した事があったことを伝えた。
荷重制限なしなので、左足を軽くついて片手松葉杖の方が歩きやすいかも⁈と思い、試させてもらった。やっぱり歩きやすい。
他にも方向転換したり、玄関の段差をイメージして上り下り。
全部できた!!絶対に高得点とったと思った!!
PTさんも私がここまで動けるとは…と驚いてた。持ってる筋力や運動習慣だと言われた。
退院時もらった書類に点数があった。⭐︎優秀⭐︎↑↑
リハビリの結果を先生に報告して、今後どうなるかが決まる。
松葉杖一本だけ借りて病室へ戻った。
トイレもナースコール無しでオッケー。
リハビリで廊下を歩くのもオッケー。
退院の希望が見えて、少し元気になった。
つづく。。
左大腿骨頸部骨折した私の話…②
紹介状を受付で出すと、直ぐに名前を呼ばれた。
女性の先生だった。レントゲン写真を見て…
「大腿骨頸部の骨折ですね。ココが骨折してるところね。」
現実を受け入れれず、先生の声が入ってこない。
「本当に折れてるんですか?私昨日レッスン2本もやったし…」
「骨折のズレが少ない時は動けることもあるけど、かなり痛いでしょ?横からの強い衝撃で押されて、頸部の上の所が折れて噛んでる状態です。」
やっとレントゲンで自分の目で骨折場所が確認できた。
「今日はこれまで何か食べたりしましたか?」
「炭酸水少し飲んだだけで何も食べてません。」
「じゃ、このまま何も食べたり飲んだりしないでくださいね。足もなるべく動かさないでくださいね。検査終わったら手術方法などもう一度説明します。」
しゅ、しゅ、手術!?
ここではじめて手術することを知った。
それも、今日、これから。。
後から調べると大腿骨頸部骨折は骨がくっつきにくい場所なので手術が基本のようだ。
手術に向けて血液検査やMRI、色々な書類の記入、同意書のサイン。麻酔の説明、家族への連絡。
不安と動揺の中で車椅子で移動しながら言われるがままやった。
検査後、再び診察室に呼ばれた。
「骨折のズレも少ないので、骨接合術で行います。チタンの固定材料で…」
説明を受けながら涙が出てきた。
これは本当に現実なのか?手術?麻酔?入院?パニックになる。
「ビックリするよね。。まだ若いし、運動習慣もかなりあるようなので、ちゃんと手術して治ればまた元の生活レベルに戻れますよ。」
泣きながら「ヨガもマラソンもできますか?」と聞いた。
「そうなるようにこれから手術しましょう。」
ティッシュを渡してくれながら先生は私にそう言った。
担当の看護師さんがこれからの流れを説明してくれた。ストレッチャーに寝かされ手術着を着せてもらった。体重を計ったり、色々質問もされた。
救急病院なのでみんな忙しそう。
隣に運ばれてきたストレッチャーの方の呻き声がカーテン越しから聞こえてきて怖くなった。
そんな私をみて看護師さんが…
「1番太い元気な骨が折れちゃって、かなり痛かったでしょ。かわいそうに。1人で病院に来たの?マラソンとかヨガの先生してるから回復も早いと思うよ。」と、色々話しかけてくれて少し落ち着いてきた。
13:30…病室に移動し点滴のルートをとってもらい、着圧のハイソックスを履かせてもらった。
手術時間が14:30に決まった。
1時間後には私手術してるんだ…
9時にかかりつけの病院へ向かった時は、まさか自分が14:30に手術をするなんて思ってもいなかった。心が追いつかない。
14:30…ストレッチャーに寝たままエレベーターに乗り手術室へ。
名前と生年月日を確認される。自動扉が開き色々な機械が見えた。
「怖いです…骨をトンカチでカンカンするんですよね、痛いですよね…」
「全身麻酔だから寝てる間に終わってますよ。」
そんな会話をしながら、麻酔が入る時のあの身体が鉛のように重くなる感覚は今でも覚えてる。
手術時間は60分くらい。無事終了。
16:30…病室で名前を呼ばれて目が覚める。
痛み止めを入れてるけど、足が痛い。しばらく我慢したけど痛くてたまらない。
骨より左太腿の側面の6センチくらいの傷口が痛い。
熱をもちパンパンに腫れてる。筋肉まで切ってるから痛いのは当たり前。冷や汗がでる。
ここからボルト2本を頸部に向けて埋め込んで固定したらしい。
痛くないポジションを探してみるけど、動かすと激痛。どうにも我慢できない。
ナースコールを押し、少し強めの痛み止めを点滴で入れてもらった。アイシングの氷嚢ももらった。
やっと携帯を見れるまでに痛みが落ち着いた。
連絡がついた旦那には仕事帰り病院に止めてる車の引き取りをお願いした。
息子には必要な物を届けてもらうお願いをした。流石に息子も私が手術までする大怪我だったことが分かり心配してた。
「ビーバーのライブ行けんの?」
私がめちゃくちゃ楽しみにしてた2週間後のSUPER BEAVERのZOZOマリンスタジアムのライブの心配までしてくれたw
仕事もスタジオに事情を説明しレッスンの代行をお願いした。
怪我をしてしまうと、色々な人に迷惑をかけ、お願いばかりしないといけないんだな…と思った。
この日姉がTAMBA100のレースに出てたのでIBUKIのチェックもした。順調に女子1位ですすんでた。
これまで姉には何でも話してきたけど、このタイミングてこの大怪我は流石に言えない。
私より姉はキツイはずだ!私も骨折くらい何ともないぞ!頑張らないと…と思った。
ラインでは後ろとの差が2時間30分くらいある事を伝えた。
何かやってないと泣きたくなるので、ベッドの上で忙しくしてた。
怪我があまりにもヤバすぎて、しばらく家族以外には誰にも話せなかった。
ご飯も食べれない。傷が痛い。
ベッドの上でまた泣けてきた。
つづく。。
左大腿骨頸部骨折した私の話…①
身体の中で1番太い骨が大腿骨。
1番治りにくい部位が大腿骨頸部。

そんなヤバい所を骨折してしまった私です。
色々落ち着いて元気になったら書こうかな…と思ってたので、やっとブログを書く気持ちと身体になりました。
何の参考にもなりませんが…
人間いつ何が起こるか分からない!皆様は私のようにならないでくださいね!の意味を込めて書いていきます。
⚫︎2025年6月5日
11:30…自転車で仕事に向かう途中緩やかな下り坂で勢いよく転けた。
元気に自転車を乗り回してた頃の私。ストリートビューに激写されてたw
車道に路駐した車を避ける感じで歩道に入った。
街路樹の根っこで歩道が盛り上がってるところでハンドルをとられガタガタしてきて、これはヤバい!と思った。
コケる瞬間スローモーションになった。
とっさに、顔からいくのは避けたい、これは自転車から飛び降りるしかない、そう判断した私は左側面からコンクリートへダイブした。
ドンッ。。ガシャーン。。
痛っ!!痛いーーー(><)
しばらく痛くて動けずそのままの体勢で横たわっていた。
「大丈夫ですか?」
通行人の方に声をかけられた。
「痛いけど大丈夫です。」
邪魔になるし、とりあえず自転車を起こし立ち上がってみた。立てたけどあまりの痛みで足が震えた。
左腕には擦り傷。なかなかの出血。
自転車にもたれかかり、震える足の痛みが引くのを待った。レッスンの時間がせまる。
とりあえず痛いけどレッスンをすっぽかす訳にはいかない。自転車に乗りスタジオへ向かう。
痛みで左足に力が入らない。EVEを持ってたので飲む。
左足は痛かったけど右足は元気だったので、声メインで何とかレッスン2本やりきった。
(大腿骨頸部骨折でヨガのレッスン2本した先生は世界中できっと私だけだと思う。恐るべしアドレナリン。良い子は真似しないでね。)
15:00…スタジオの帰り道にあった整形外科へ念のため寄った。
レントゲンを撮ってもらい「打撲」との診断。
湿布と痛み止めをもらい帰宅。
この時レントゲンまで撮ったのに何故打撲と診断されたのか…謎。
ズキズキ痛むけど打撲と言われたので、家ではキャスターつきの椅子に座って家事をし、お風呂にも入った。
⚫︎6月6日
翌日も痛い。激し目の打撲だから痛いのは仕方ないけど、、痛みであまり寝れず、食欲もない。
昨日は感じなかった足を動かすと足の付け根にピリッとする嫌な痛みがある。打撲ってこんなに痛いの?左側面をぶつけたのに足の付け根が痛い。不安になる。
昨日は午後休診だったかかりつけの整形外科にもう一度だけ行ってみようと、朝1番で車を運転して向かう。山のストックをついて歩いた。
9:00…先生に昨日の出来事を説明。もう一度レントゲンを撮ることになった。
レントゲン室の笑顔が優しいおじさんに
「わたし折れたりしてないですよね?昨日も他の病院でレントゲン撮って打撲って言われてるんですけどね…笑」
なんて話しながら横になった。
「撮影するのでこのまま動かないでね〜」
奥の扉から出てきた優しいおじさんのお顔が笑ってない…心配になりもう一度聴いてみた。
「折れてないですよね?」
「ん、、、たぶん、、折れて、、る、、ね、これから先生から詳しく説明あるからね。」
頭が真っ白になった。
仕事のこと、マラソンのこと、人生初めての骨折にかなり動揺した。
直ぐに名前を呼ばれ再び診察室へ。
「大腿骨のココ…折れてます。紹介状書くので、このまま救急もやってる〇〇病院へ行ってください。今なら午前中の受付に間に合うと思うから…タクシー呼びますか?」
「え、、はい。いや、車できたので車で、、」
かなり動揺していたせいか、レントゲンを見てもどこが折れてるのか分からず、信じられない。
病院の名前を何度も聞いたり、現実を受け入れれずパニックになりそうだったので深呼吸した。
紹介状を待つ間、家で寝てた息子に電話して、骨折を伝えて、片付けもせず家を出たので色々よろしくと伝えた。
この後どうなるかこの時はまだ分からず、動揺はしてたけど自分で運転して病院へ向かった。
時間にして15分くらい…
運転しながら骨折した事実にだんだん怖くなり涙がでた。アドレナリンもキレたのか⁈痛みで病院の駐車場から動けなくなった。
駐車場のおじさんが心配して
「この駐車場は入り口まで距離あるから、病院に電話をかけて車椅子を持ってきてもらうといいよ!」
アドバイスをくれた。申し訳ない気持ちで電話をして受付の方に車椅子を持ってきていただいた。
10:30…無事受付できた。
つづく。。